こんにちは、ラララです(*´▽`*)

 

もう父親が酒で暴れているときにてんかん発作で倒れた日は、身の危険を感じました。

父親は、酔うと本当に何も覚えてないみたいです。

酒を飲んだ後に記憶をなくすことをブラックアウトと言いますが、その状態では何をしでかすか分かりません、さすがに気を失っているときは抵抗の仕様がありません。

発作から回復した後にも、まだひと悶着あって最後には泣きながら最終的には「もう二度と飲みません」と土下座してましたね。

 

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縁を切ろうと思った瞬間

それからすぐに力づくでアルコールの病院に連れて行きました。

その診察では、必要以上に「覚えてないけど」を連発していました。

つまり「もう二度と飲みません」の言葉も覚えていないということです。

しかもあろうことか、医者に「もう二度と飲めないっていうこと?」と質問する始末。

覚えてなかったらいいのか?って話ですが、本人的には素面の自分と酔ったときの自分は別人格だと考えているみたいです。

でももう今更病院に連れてっても、断酒なんて期待してませんでした。

 

しかし父親は酒を断ちました。

この時に、やっと心から本当の親子になれた気がしたんです。

でも、速攻でスリップ(再飲酒)しました。

怒りよりも、虚しさが強かったです。

このときに、こいつとは縁を切ろうと思いました。

そこから本格的に1人暮らしに向けて考えだしました。

回復率はすごく低いことは知っていましたが

アルコール依存症から回復する確率はたしか10~20%くらいしかないんです。

しかもうちの父親は重度の依存症に分類されます。

なんせ私が生まれる前から依存症なんですから・・・

回復が難しい病気で、周りの理解や手助けが必要なのはわかっています。

でも、それまでの何十年の経緯があるので、はいそうですかとはいきませんでした。

若干緩く書きますが、アルコール依存症の人は苦手です。

「アルコール依存症は意思の問題ではなく病気」と医者から説明されました。

一番辛いのは本人。だと言われた気もします。

 

でも一番最初は自分が飲み続けたことがキッカケで、矛先は私たち家族でした。

一番辛いのは本人という事だけは絶対に認めたくありません。

他の病気とは違う。と今でも思います。

しかしこの考えも差別なんでしょうか?てんかん患者として、されてきた差別を私もしているのでしょうか?

頭を使いすぎて疲れました。

 

でも、病院に連れて行き、父親が酒を断ってから再飲酒するまでの短い期間でしたけど、まぎれもない家族として過ごせました。

 

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