こんにちは、ラララです(*´▽`*)

 

今日は少しだけ昔の話を。

何度かブログでチラっとだしましたが、私の家は家族関係が最悪です。

家族の関係は崩壊、重度のアルコール依存症の父親に、それにしたがう思考停止の母、ニートの姉、てんかんの私。

兄もいますが、家族の中ではまともな方ですかね(笑)

家族崩壊しているのに、家を出たのは私だけなのは謎です(;´д`)

 

スポンサーリンク

アルコール依存症の家庭。

こんな言葉があるのですが「地獄を見たければアルコール依存症者の家をみよ」

まさにその通りの家庭でした。

私は父親が生理的にだめです、今では思い出すだけで寒気がします。

重度の依存症ということで、どんな家庭だったか想像できると思いますが、辛い子供時代でした。

父が暴れるたびに警察は来るわ、私は姉か祖父の部屋に逃げ込んで泣いていた記憶があります。

酔わなければ良い人と言いますけども、、酔っていない時間なんて仕事から帰ってきてから1時間くらいしかありません。

小さいころは毎日ビクビクして過ごしていました。

未だにトラウマです、そして未だに変わらないまま父は生きています。

もうすでに脳はアルコールの影響で萎縮しています。

それでも辞めれないのが、アルコール依存症なのです。

そして家族にも深刻に影響するのも特徴です。

そんな父と一緒にいたら、そうなるのも今では分からなくもないですが、、

正直母親には子供のために離婚してほしかった。

ちなみに母の言い分は「子供のために離婚しなかった」です。

自分の勇気のなさを子供のせいにはしてほしくないですが、そういう環境になると仕方ないのでしょうかね。

本当に今も私の心に、これらの出来事は影を落としています。

 

てんかんになって変わった私の心境

とうぜん、私は体が大きくなりますし、父は老いてきます。

とくに私は父が40代のときの子供だったので、今はもうお爺ちゃんみたいな感じですね。

必然的にある時を境に私と立場が逆転しました。

今までの分じゃと言わんばかりに、色々やり返しもしましたし、その後は家に帰ることも減り、あんまりストレスはありませんでした。

でも20歳を超え、仕事をし始めて自分なりに人生の自覚を持ち始めてからまた気になるように。

年を追うごとに年々酷くなる父の依存症。

この時は私の頭がこり固まっていて、どうにか酒を辞めさせることは出来ないか?という選択肢以外考えれませんでした。

 

でもそんな時に急に私を襲ったのがてんかんという病気。

それでも変わらない父親、そしてまた暴れている父親。

そのたびに怒り心頭で残りの家族で揉みくちゃになっていました。

しかし、そんな最中に私はてんかん発作を起こして意識をうしないました。

でも次の日になると、全く覚えていないとヘラヘラする父親。

 

1人暮らしの1つのキッカケでした。

 

スポンサーリンク